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レコーディング変遷記

2005年2月8日

 へんちゃか ぺんちゃか こんにちは(って、何これ?)
 レコーディングのお話から、もう何週間かたってしまいましたね。ある方からは「これじゃ、日記じゃないよね」とおしかりのお便りをいただきました。本当に、そのとおり!返す言葉もありません。ゆえに、お返ししませんでした、はい。
 いつもはかわいいだけの天才おぼっちゃま日記ですが、今回は、本来のユズリンの真面目さを全面に打ち出し、格調高い内容をお送りいたしましょう。え、本来がおかしいんじゃないのって?そ、それは、あなたの認識不足なのですよ。は、はい。

 そうさなあ、もうかれこれ10枚目のアルバムになるんじゃが、1枚ずつに思い出ってもんが、あるもんじゃねぇ(ずずーっ、お茶でも飲みながら)。ああ、よ〜く覚えているさ。特に、レコーディングっちゅう非日常的な作業にはね。ああ、こりゃ失礼しましたのう。ま、お上がんなさいな(って、ここはどこ?あたしは、誰?)。

『きみとぼくの間に』…93年3月、初めてのCDの制作(教員を辞めるのと同時にレコーディングしていたのでした)。ただただ緊張。今は無きスタジオ「ディッグ」での収録でした。ピアノに毛布をかけてマイクを入れたんだよ。小さいけれど、温かみのあるスタジオだったなあ。

『天まで駆けるよ』…歌の録音は地下の狭〜いスタジオ。1枚目と同じ93年の12月にはもう制作に入っていたのだから、驚きです。そうかあ、この頃から、アイドル歌手並みのレコーディングのペースだったんだあ。やっぱねえ!

『スタートライン』…このアルバムから、今のフリーダムスタジオでやらせてもらえるようになったんです。アルフィーや有名ミュージシャンも使っていたというスタジオで、なんだか、妙に嬉しかったのを覚えています。このアルバムには、生のトランペットとトロンボーンが初めて入ったのでした(あ、のぞいても見えないからね)。

『Love Letter』…今までの3枚はタイトル曲があったのですが、このアルバムは、全体を通して誰かへのラブレター、というまとまりで作りました。コンセプトアルバムっていうのかな?歌入れは築地のスタジオ。屋根裏部屋のような感じの狭さで、圧迫感があったし、アシスタントエンジニアが漫画を読んでいて、正直いやでした。あ、正直すぎた?

『DO MY BEST!』…初めてのロック調のアレンジにびっくり!りゅうさん編曲の音を聴いた瞬間、「え〜っ!これ、どうやって歌うの〜!」と、まだまだ今のキャラではない僕は、とまどっていました。きっと、CDを買ってくださった方も、衝撃を受けたのではないでしょうか。サックスの音色が、かっこいいんだよねえ。泣いているよねえ。

『とっておきの一人』…各地の仲間が録音に協力してくれたアルバムです。コーラス、3曲やっていただきました。アルバム『DO MY BEST!』を踏襲しながらも、今のユズリンにつながる歌い方に変化しつつあるように感じます。ほら、ニューヒーローものの、給食モリモリ〜が入っていますからねえ。ひとかけらの勇気をにぎりしめてを歌っている時に、中根さんが「高い声が、ポーンと出るようになったねえ。毎日、腹筋やっていた成果かなあ。」と言ってくれたのでした。

 『DREAM,TOGETHER』…「売れる、売れないじゃなくて、自分のやりたい事をやってごらん」という、音楽センターの社長・道田さんの言葉に、背中を押されて挑戦したアルバムでした。僕の大好きな曲が詰まっているCDです。少々鼻声になってしまい、妙にセクシーで気持ち悪いとまで、はっきりとご意見をくださる方もいらっしゃるのでした(え〜ん、え〜ん)。

 『きみがぼくの“元気”』…このアルバムからです!僕がコーラスに凝りだしたのが。ひとつの曲で、何回も何回も、自分でハーモニーを重ねて完成させていくんです。さらに、今の僕がややおかしいのは(あ、かなりでした、すみません)、プロモーションの中根さんのせいなんですよ。ジャケット写真を見るなり「おおっ、かわいいじゃ〜ん。よし!今年から、ユズリンはアイドル路線だあ!と、背景の色までピンクにしてしまうし、ええ〜い、それじゃあ、やってやる〜っと、しかたなく、しかたなく、自分の気持ちを抑えて、涙をふきふき、アイドルとして歩き始めた、それはそれはかわいそうなユズリンなのでありました(えっ、そうは見えないって?)。音としては、クラリネットやフルート、オーボエがいよいよ入ってきました。

 『きっとできる』…実に、中身の濃いアルバムです。テレビ番組の主題歌あり、新人歌手への提供曲あり、秘密の方々の参加あり(今も語れないほどの、トップシークレット!)という録音なのでした。さらに、原盤が工場に回ってしまうという前夜、突然の僕のわがままで、ストップさせてしてしまったという、語るに語れないエピソードまであるんです(そうです、これまた極秘なのです。まあ、あと何年かしたら、暴露本でも書きましょうね)。そうそう、ファゴットの音が入ったのに、気づきましたか?

 そして、今回の10枚目になる『Invitation to YUZZ』。もう、曲目や雰囲気はお話しましたが、このレコーディングで初めて体験した事をもう一つだけ、お伝えしましょうね。
 それは、歌う時に生まれる“空気”…なんです。
 恥ずかしい話ですが、CD『きみとぼくの間に』の録音は、ひどいものでした。というのは、まとまって歌えなかったので、音がはずれた所だけを直す。もっと言えば、たった一音だけ歌い直す、なんていう作業だらけでした。つぎはぎだらけなんですよ。それに、とにかく楽譜どおりに忠実に歌うことが、あの頃の僕の最大の目標でしたから、直立不動そのもの!「少し、崩して歌えるかな?」とディレクターに言われても、無理なんです。できないんです。ひたすら、音符を追うばかり。

 ところが、そんな僕でも、変化の兆しがありました。小さな変化は、毎年あったのですが、一番大きかったのは、やはり、ロック調のアレンジになっていた『DO MY BEST!』の頃からです。この時は、ちょうど、4枚CDをたて続けに発表したので、まるまる二年間空けよう、そして、歌いこもうという時期だったんです。この二年間が、鍛えてくれた時間になったんです。そのおかげで、一年365日もあるじゃないで見え始めた、おかしな歌い方が、今じゃなきゃやだもん〜給食モリモリおかわリンジャー〜おそうじ洗隊キラキラピッカマン〜お助け忍者 宿題花吹雪参上!〜輝け!ぼくらのハブラシマン!へと続く道になったのでした。もう一方では、バラードっていうか、つま先だけは前に向けて〜一日の終わりは〜この地球に生まれて〜生命歌いましょうにつながる路線。そして、DREAM,TOGETHER〜しなやかに すこやかに〜ぼちぼちゆこう というジャズっぽい路線にも広がったのではないかと思っています(う〜ん、素晴らしい分析力!)

 何よりも、最初の頃と最も違うなあと思うのは、歌う時に周りに「歌う空気」ができるっていうことなんです。録音している時に、いくら気張って歌っても、何回練習しても、まったくダメな場合があるんです。ところが、ある瞬間にその空気が「来た〜!」っていうのがわかるようになったんです。そうしたら、しめたもの。その空気に包まれていると、何の迷いもなく、一気に歌えてしまうんです。ディレクターの西村さんからも「今の良かったよ」と声がかかり、ほぼ、それでO.K.になります。

 まあ、そんなわけでよう、ジャケットもだいたい、できつつあるらしいんだわさ。でぶだ(DVD)の撮影も、沼津のコンサートの前に浜でやったって言うじゃにゃ〜きゃ。人が見ていて、恥ずかしがっていたずらよ。そんなんじゃあ、まんだまんだ、本物のアイドルには、なれんのう。お、もう、こんな時間かい。ち〜と、長ばなししてしまったのう。ほいじゃあ、ここらで、へんちゃか ぺんちゃか また明日(って、いったい、この人だれ〜!)。